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2016年5月6日(金)
白いバラが窓をおおいました

 この3月11日で、福島原発事故から5年になる。
 高野匠美さんが富岡町議員に当選した。初挑戦での当選、かつただ一人の女の議員だ。
 政治家には勇気が必要だと小林節が言ってますが、その勇気とためらいのなさを彼女は持っている。
 おまけに、ナナハンに、乗っているらしい。ちがう?
 彼女に限らず、原発事故後に出会った福島の女たちをみていて、思うことですが。
 迷ってはいられない、ためらってはいられない現実が背中をおす。

 現在は郡山で避難生活を送っている匠美さんの車に同乗させてもらって、
 富岡町のご自宅を訪ねたのはたしか一昨年だった。
 広い敷地に日当たりのいい大きな家。私たちは頭から足の先まで白いタイベック(防護服)を身につけて、
 それがないと立ち入ってはいけないところなのだ。

 家の外側はそれほど傷んだ様子もないのだけれど、中は荒れて足を踏み入れることもできない。
小動物が入って棲家にしていたような形跡だった。
 富岡駅は海岸沿いにあり、駅舎は津波に持っていかれた。
 駅のホームに車が乗りいれ、駅前の商店には軽トラックが乗り入れたままだった。

 放射能濃度が高く、人が長時間いられない。
片付けもできない。2年たつというのに、そのまま時間が止まっていた。人の暮らしの音がない静寂。
その中に、信号機だけが点滅を繰り返す、そこだけが生きているように。

 桜の季節だった。有名な夜の森公園の桜は近くにあり、散りかけていた。あれからさらに3年がすぎた。

 匠美さんが、1週間ほど前の4月末に富岡町の自宅に帰った記をツイッターに載せている。
野生のキツネが寄ってきて、息子さんの手から食べたという、おそれもせずに。
キツネさんは、もうここはわたしの住処だと思っているんですね。

 連休を、味噌仕入れをして過ごした。
 放射能のことも考えずに、里山の枯れ木を燃やして豆を煮た。

新刊『東アジアのフィールドを歩く2 女子大学生がみた日・中・韓の「辺境地」』をお届けします。
李泳采・恵泉女学園大学東アジアFSグループ編著 定価1600円+税
 生きつづけるために故郷を離れざるをえなかった人たち、ふるさとを追われたひとたち――。
 フィールドスタディの3日目に、学生たちは韓国束草市の「アパイ村」を訪ねています。
朝鮮戦争で故郷を追われた北朝鮮の避難民の人たちが住んでいる村です。そして学生たち、生涯に一度できるかどうかの経験をしたのでしょう。その村のおばあちゃんから聞いた話は、記憶に刻まれたことの一つだったようです。
 朝鮮半島の分断のために故郷を追われた人たち、福島の原発事故のために故郷を後にした人たち――。
姜信子の『ノレ・ノスタルギーヤ』を読みながら、天草から、北へ向かったからゆきさんの姿もおぼろげにみえてきました。

 ところで、『女子大学生がみた日・中・韓の「辺境地」』の追い込みは、フツーではなかったですね。
 組版の田中さん、お疲れさまでした。
学生たちにとってこの経験は、かけがえのないものだと思います。
そしてヨンさま、お疲れさまでした。

 しかし、できあがるのかどうか、ハラハラしました。なんとか期日までに間に合ったようです。     
                       
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2016/05/14 17:25 未分類 TB(0) CM(0)
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