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ミナガちゃん

Author:ミナガちゃん
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李鶴来(イ・ハンネ)さんが記事で紹介されました。

北日本新聞(8/13)
20160813kitanihonihannne.jpg

山形新聞(8/16)
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ほかにも
 長崎新聞(8/13)
 神戸新聞(8/13)
 信濃毎日(8/15)

李鶴来(イ・ハンネ)さん著書
『韓国人元BC級戦犯の訴え 何のために、誰のために』(梨の木舎)



共同配信の戦後70年連載が岩波ブックレットにまとまり(7月刊)、
李さんの証言も出ています。
『語り残す 戦場のリアル』
http://www.iwanami.co.jp/hensyu/booklet/index.html
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2016/08/16 16:56 平和と戦争を考える TB(0) CM(-)
2016年8月4日(木)
  
  福島環境創造センターは、三春にあり、研究棟、本館、交流棟の3つの建物がある。
  交流棟コミュタン福島を見学した。
  
  その中に環境創造シアターがある。7分間の映像が二つ用意されている。
 一つは、放射線に関する科学的な話だった。もう一つは、福島の自然やお祭りの話、西田敏行が
ナレーターをしている。
 360度のスクリーンがうりで、観客はその真ん中にかけられた橋の上に立つ。
スクリーンの映像が拡大されたり縮小したりして、観ているほうは、
宇宙にほおりだされたような感覚におそわれる。
 最初の3分で、頭がくらくらして座り込んだ。

  案内の人から、前もって説明がある。「気分の悪くなった方は、どうぞお座りください」と。
  
  これは、なにか脳に刺激をあたえる深い計算の元につくられているのではないかしらん。
 ある種の洗脳装置ではないのか。脳科学者にきいてみたい。
 
  まあいってみれば、環境創造センター全体が、洗脳装置だといえるよね。ゲーム感覚で、放射線を
 学ばせ、自然界にたくさんあるから、そんなに心配しなくて大丈夫とお勉強させてくれる。
   
  「9の事実に1のウソを巧妙に入れ込んだ」プロパガンダ装置だ。このために復興予算192億円が
 使われたという。この費用の中身を知りたい。そして維持費は誰が負担するのか。
 
 原発事故によって、何が起こり、人々が、身体的、精神的、経済的、にどれだけ苦しんでいるか、
 などは、ないんですよね。しかし私たちの見学時間は40分ぐらいだったから、
 じっくり見学すれば見つかるかもしれない。(はたゆみこ)
2016年8月2日(火)
 明け方猛烈な目が降った。すっかり涼しくなった通りを水道橋駅に向かう。今日は、保健所で「食品衛生責任者」
の講習をうける。

さて新刊は、
 シリーズ・平和をつくる6
『アングリーヤングボーターズ 韓国若者たちの戦略的選択』李泳采 イ・ヨンチェ 著 
ISBN978-4-8166-1607-5 定価1700円+税

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 韓国では、今年の4月13日に行われた総選挙で、誰もが予想しなかった与党の大敗、野党の勝利をもたらしました。
野党の勝因は何か。日本の参議院選は、残念ながら予想通り、野党が敗退した。
東京都知事選挙も、野党4党の推薦にもかかわらず鳥越俊太郎は敗退。
安倍政権反撃への千載一遇のチャンスを逃した。と思うのだが。
斉藤美奈子の指摘は厳しい(東京新聞 2016.8.3)。――

だからこの本は、「2章 韓国の歴史的な4・13総選挙と若者たちの戦略的選択」がウリです。
著者のヨンチェさんにとっても読者に2章を読んでほしい。
日本のメディアが取り上げない視点から、韓国の政治地図を描き、深層に迫る。
韓国の進行中の政治の只中に立っているような緊張感で惹きつけられる。

しかし、「1章「民主化」後を生きる者として――「T・K生」と東アジアの状況について語る」には、深く共感する。
15頁、ヨンチェさんが、大学に入った年1991年の4月26日のこと、明知大学の1年生姜慶大(カンギョンデ)が
警察に鉄パイプで殴られて亡くなった。
その後1カ月の間に、12人もの若者たちが次々に焼身自殺し、ヨンチェさん自身も遺書をもち歩いた。
これは講演記録だが、その学生運動に触れたとき、会場は一瞬静まり返った。その場にわたしもいた。

 最終の大判校正を昨日印刷所に入れたのだけれど、印刷所から目次の校正ミス3カ所の指摘があって、直してもらった。
 まずいなあ。――7月29日誕生日を迎え、一つ年を重ねた。

 1週間前の7月24日(日)朝8時半の特急あずさで、塩山へ向かった。
 金子文子没後90年の文子忌に参加のため。韓国から金昌徳(キムチャンドク)さんたち9人が見えるという。李文昌(イムンチャン)先生も見えるらしい。ご高齢なので、最後の日本訪問かと。
        *     *     *
 1923年9月3日、関東大震災の2日後、金子文子は、予防拘禁の名で、朴烈とともに検束された。
 翌翌年の1925年7月17日、刑法73条と爆発物取締罰則違反で予審起訴される。
 旧刑法第73条は、「天皇…にたいし危害を加えんとした者は死刑に処す」、というもの。

 行動しなくとも、計画しただけで死刑。実際文子は、爆弾を用意する計画に加わってはいなかったらしい。
 しかし、「人間は人間として平等であらねばならない」と、
あらゆる権威権力とその頂点にいる天皇を、きっぱりと否定した。改心を判事から迫られても敢然と拒否した。

 「権力の前に膝を折って生きるよりはむしろ死してあくまで自分の裡に終始します」
大逆罪に問われ、1926年3月25日、死刑判決を受ける。のち恩赦により無期懲役となるが、獄中で死亡する。
 わずか23歳だった。
 文子さんは、獄中で「何が私をこうさせたか」という生い立ちの記を書いた。
 鈴木裕子さんが解説をつけて、梨の木舎で刊行したのは、2006年。
 
 梨の木舎刊の書名は、『金子文子 わたしはわたし自身を生きる〔増補新版〕』です。
 特急あずさの中で、久しぶりに本書を読んだ。悲しく悔しく心が震える。心から読者に薦めたい。
 
 彼女の表現力と権力とたたかうゆるぎない姿勢に、ひきつけられもし、たじろぎもする。
 彼女の抵抗の根底にあるのは、朝鮮で実の祖母からうけた差別・虐待と1919年3・1運動に遭遇し、
差別された朝鮮人のたたかう姿をまじかに見たこと――。
 そして、姜慶大と12人の仲間を失った若いヨンチェさんの体験――。
 そして塩山での文子忌を呼びかける佐藤信子さん、呼びかけに呼応して韓国からみえる異李文昌先生たち――。
 時間と空間を超え、出会って生まれるものがある。

 『何が私をこうさせたか』1931年に春秋社から出版された。このときに作家の林芙美子が推薦の一文をよせている。
 これは、あとでぜひ紹介したい。

 ★あめにてぃCAFEレディゴー②★
 
   新店舗の工事が、着々と進んでいます。
   天井を落とした後、塗装やさんが入り、天井塗りがほぼ終わりました。
   写真をアップします。
 
ceiling1.jpg
照明をはずして・・・

ceiling2.jpg
天井をはずして・・・

ceiling3.jpg
塗装したところ。

 新住所と電話番号は以下です。
 千代田区三崎町2-2-12エコービル1F
☎03(6256)9517 FAX03(6256)9518
 

2016/08/04 08:41 平和を考える TB(0) CM(0)
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