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ミナガちゃん

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梨の木舎の前のガクアジサイが咲きました
 2016年5月25日
 梨の木舎のガクアジサイが咲きました。雨を待っているようです。
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2016/05/26 21:12 暮らしのなかで TB(0) CM(0)
東アジアの辺境地を歩く2 女子大学生がみた日・中・韓の「辺境地」



2016年5月21日(土)

 新刊ができました。
『東アジアのフィールドを歩く2――女子大学生がみた日中韓の「辺境地」』
李泳采・ 恵泉女学園大学東アジアFSグループ [編著]


ISBN978-4-8166-1605-1 C0022 ¥1600E 112ペイジ【50頁カラー】
 定価:1600円+税  

 出会いと発見と新しい未来がほの見えたであろう若いひとの体験記。

 女子大学生が見て歩いて感じた東アジアの辺 境地11日間の奮闘記だ。

 緊張や葛藤がますます高まっている東アジアの中、女子大学生らが自ら日中韓の辺境地を訪問し、
歴史や 文化を訪ねた。彼女たちは何を見て、何を食べ、誰と話し、どんな風に感じたか。
 
●修学旅行の参考資料●国境を越える市民活動の書として、利用していただける。
 
旅はいつも楽しい、少し苦しいこともあるけれど、新しい出会いにあふれている。


恵泉の学生たちほんとうにいい旅をしている。
イ・ヨンチェ先生と職員の土屋昌子さんのアテンドも、実にゆきとどいている。

ところで、ブログにアップした
カバー写真ですが、どんなに頑張っても、縮小できない。

な~にこれ?かもしれないけれど、
来週ちはるさんになおしてもらいますから、
大画面を許容してください。 はた

追記:
●写真、小さくしてみました。(ちはる)
●2014年の第1弾の旅について↓
『東アジアのフィールドを歩く 女子大学生が見た日・中・韓のすがお』







2016/05/21 12:06 アジアへの旅 TB(0) CM(0)
2016年5月6日(金)
白いバラが窓をおおいました

 この3月11日で、福島原発事故から5年になる。
 高野匠美さんが富岡町議員に当選した。初挑戦での当選、かつただ一人の女の議員だ。
 政治家には勇気が必要だと小林節が言ってますが、その勇気とためらいのなさを彼女は持っている。
 おまけに、ナナハンに、乗っているらしい。ちがう?
 彼女に限らず、原発事故後に出会った福島の女たちをみていて、思うことですが。
 迷ってはいられない、ためらってはいられない現実が背中をおす。

 現在は郡山で避難生活を送っている匠美さんの車に同乗させてもらって、
 富岡町のご自宅を訪ねたのはたしか一昨年だった。
 広い敷地に日当たりのいい大きな家。私たちは頭から足の先まで白いタイベック(防護服)を身につけて、
 それがないと立ち入ってはいけないところなのだ。

 家の外側はそれほど傷んだ様子もないのだけれど、中は荒れて足を踏み入れることもできない。
小動物が入って棲家にしていたような形跡だった。
 富岡駅は海岸沿いにあり、駅舎は津波に持っていかれた。
 駅のホームに車が乗りいれ、駅前の商店には軽トラックが乗り入れたままだった。

 放射能濃度が高く、人が長時間いられない。
片付けもできない。2年たつというのに、そのまま時間が止まっていた。人の暮らしの音がない静寂。
その中に、信号機だけが点滅を繰り返す、そこだけが生きているように。

 桜の季節だった。有名な夜の森公園の桜は近くにあり、散りかけていた。あれからさらに3年がすぎた。

 匠美さんが、1週間ほど前の4月末に富岡町の自宅に帰った記をツイッターに載せている。
野生のキツネが寄ってきて、息子さんの手から食べたという、おそれもせずに。
キツネさんは、もうここはわたしの住処だと思っているんですね。

 連休を、味噌仕入れをして過ごした。
 放射能のことも考えずに、里山の枯れ木を燃やして豆を煮た。

新刊『東アジアのフィールドを歩く2 女子大学生がみた日・中・韓の「辺境地」』をお届けします。
李泳采・恵泉女学園大学東アジアFSグループ編著 定価1600円+税
 生きつづけるために故郷を離れざるをえなかった人たち、ふるさとを追われたひとたち――。
 フィールドスタディの3日目に、学生たちは韓国束草市の「アパイ村」を訪ねています。
朝鮮戦争で故郷を追われた北朝鮮の避難民の人たちが住んでいる村です。そして学生たち、生涯に一度できるかどうかの経験をしたのでしょう。その村のおばあちゃんから聞いた話は、記憶に刻まれたことの一つだったようです。
 朝鮮半島の分断のために故郷を追われた人たち、福島の原発事故のために故郷を後にした人たち――。
姜信子の『ノレ・ノスタルギーヤ』を読みながら、天草から、北へ向かったからゆきさんの姿もおぼろげにみえてきました。

 ところで、『女子大学生がみた日・中・韓の「辺境地」』の追い込みは、フツーではなかったですね。
 組版の田中さん、お疲れさまでした。
学生たちにとってこの経験は、かけがえのないものだと思います。
そしてヨンさま、お疲れさまでした。

 しかし、できあがるのかどうか、ハラハラしました。なんとか期日までに間に合ったようです。     
                       
2016/05/14 17:25 未分類 TB(0) CM(0)
 2016年2月11日
 
 おとつい(2016年2月9日)、阿佐ヶ谷教会で開かれた 小林節さんの講演会に出かけた(NO WAR 杉並主催)。
節さんの話はいつもおもしろい。ウソがなく胸に落ちる。元 気になる。
しかし、おとついは、「つくづく民主党と縁を切りた いと思いました」と「これは、本邦初公開です」ともらした。
 「彼らは自分のいまいるところを守ることに汲々としている、 民主党のためにほかの野党が譲るのが当然だと思ってい る。
配慮がない、これじゃ野党共闘なんて成り立たない」立 憲主義を取り戻そう、などという気持ちはつめの垢ほどもな いらしい。
それは国会質問を聞いていて、いつも思うことな んだけどね、さすがの節さんも憔悴っていう感じでしたね。

 半年ぶりの新刊 『旅行ガイドにないアジアを歩く シンガポール』 (髙嶋伸欣・鈴木晶・髙嶋道・渡辺洋介)  
定価2000円+税 ISBN978‐4-8166-1601-3
 この半年は旅の季節でした。著者の原稿は遅れに遅れて、タイミングがずれまし た。みんな忙しかったの です、夏から秋は。
 
 連日 国会前に通いました。国 会の中の立憲主義が崩 れたことを体感し、
民主 主義ってなんだ、これだ! という若者たちとともに、
民主主義に新しい命がそそぎこまれたということも実感しま した。

民主主義って、「一人ひとりがイエスといいノーといえ るということ」ですよね。
彼らは自分で考え、イエスといいノー と言っているのです。そして、それを小林節さんは支えてい ました。

 さて、『旅行ガイドにないアジアを歩く シンガポール』は、 著者の髙嶋伸欣先生に原稿依頼をしてから、
30年近い月 日が流れました。最初は、先に出たマレーシア編とあわせて 1冊にと考えていました。

 たしか、筑波大学付属高校の資料だらけの研究室でした。そのあ と、琉球大学に移られ、原稿の催促も間遠くなりました。
そ のころは、今のようにメールは普及していませんでしたの で、すっかりこの企画のことは忘れられたのか、原稿はむろ ん1行も入ってきません。  

 そしていよいよ東京にもどられたので、
今度こそと「いつ までも待っております」とやぶれかぶれにはがきを出したら しいのです。
いまやこの脅迫の1文は“伝説”になりました。

節さんの心境に似てやけですから。これで、どうやら「仕方 がないな~」とあきらめられたようです。
マレーシア編はそれ から数年かかりました。関口竜一さんと鈴木晶さんとが入っ てくださいました。
マレーシア編が完成したのが2010年12月 8日、シンガポール編はそれからさらに5年が流れたことにな ります。
 
    一世一代のフルカラーの本になりました。 旅は常に楽しいものです。どこに行くのであれ。旅の計画を 立てる楽しみ、刻々と変る車窓の風景を見る楽しみ、目的 地についてからの楽しみ。煩雑なことも一切合財含めても それはそれで楽しみにかわります。飛行機にだって窓の外 の風景はあります、人生はいつだって出会いに満ちた旅と もいえます。
 わたしたちのアジアの旅は、もう一つ別なミッションを持っ ています。
日本はいったいアジアで何をしたのか、を知ることです。
韓国には行かない、行けないという人もいます。
日 本がかの地でやったことを考えると、とても足を踏み入れら れないと。
 ほんとにそれほどのことをやっています。そういう 選択もあります。  

 この本は、行ってみよう、そして何をしたか、学ぼう、その 上で考えてみようと提案するものです。
 シンガポールに行ったら、ラッフルズホテルを見に行きます、大抵の人は。
 お金持ちは泊まるかもしれませんが。
 その優雅なホテルの少し先にあ る血債の塔を訪ねてください。
 著者たちが、それこそ口を 酸っぱくして言っています。

 町の中のブック型の記念碑に 足を止めてください。
 この記念碑をどのように案内するか で、著者の筆は半年(!?)停まりました。
 入稿の1ヵ月前にも、 鈴木さんはシンガポールに飛び、記念碑を確認し、写真 を撮りなおしました。
 髙嶋先生はさらにそのあと碑文の確 認のために飛行機に飛び乗りました。
 髙嶋道さんも渡辺 洋介さんも  最後まで入念なチェックを入れてくださいました。

 この本作りは、今まで経験したことのないはらはらどきど きの長い旅でした。
 この旅の本、今度は読者との長い旅に 出かけるのを待っています。

 冒頭の節さんの話に戻るのですが、ちょっと元気がな かった。
 おとついは節さん、やけでした。現実はかなりひど い。

 でも、それでも、 わたしたち、We shall have a hope.     

     
『旅行ガイドにないアジアを歩く シンガポール』

   
2016/05/14 16:41 未分類 TB(0) CM(0)
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