出版活動を続けながら、地域の人々や世界の人々と情報と知恵を交換していきたと思っています。梨の木舎らしい日々の思うこと、考えることを発信します。
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ミナガちゃん

Author:ミナガちゃん
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8月6日(水)
 昨日東京に戻り(どっちへ行くのが戻るというのか)、友人の息子さんのお通夜にでて、
そのあと知り合い3人と精進落としの2次会。息子さんには会ったことがないが、ガンだったという。
 37歳の若さ。逆縁の親の気持ちはいかばかりか。

 37度Cの東京で生ビールを2杯のみ、今朝起きたのは3時半。
 4時に明るくなり始めて、今日も、暑くなりそうな気配。窓辺に植えたきゅうりの、木というのか、
 一番高いところに3つ、赤ちゃんきゅうりが3センチほどに成長して、収穫を楽しみにしていたのが先週の金曜日。
 4日目の昨日、しなびてしまっていた。

 葉の数枚下にもう1本のびかけているのがある。
 大きくな~れ。水をたっぷりやる。
 ゴーヤは2本苗を植えたが、こちらは花ばっかりで、実が一つもつかない。

 この前の日曜日、8月2日は郡山で飛田晋秀さんの写真展と講演会に参加。
 「福島のすがた~3.11で止まった町」は、富岡町、大熊町、二葉町を写す。
 飛田さんは何回も町にはいり変わっていく姿を撮り続けている。

 見なければわからないことがある。あの日で止まった町。
 入ってみた富岡町は衝撃的だった。
 止まっているばかりではない。さらにだんだん朽ちていく、町、建物。
 野性にもどる家畜やペットたち。

 私たちの日常生活は、何かを隠しながら続けられている。
 暮らしのリアリティを欠いた都会の生活。都会の暮らしからは、作る過程が見えない、滅びる過程も見えない。
 目隠しされ、リアリティを奪われた生き物、街場の人。
 国家の犠牲のシステムの上にあるのは、自分の感性を葬って日々をおくる者の姿。
 差別の構造も犠牲のシステムも重層的でわかりにくい、たえまなく形を変えていくように思う。
 知りたい、何が起きているのか。しかし、際限ないですね~。

 3時過ぎ、セットンの風2回目の合宿のため、
 せっちゃん、あきさんの運転する2台の車にチャンゴを押し込み、郡山から三春へ。
 リーダーはミンジャさん。ミンジャさんは、私たちをおだてるのもうまい。
 どうしたらちゃんとたたけるか、「前頭葉が一生懸命働いているんだよ」
 
 ぶたもおだてりゃ木に登る。わたしたち、木に片足をかけている。


 
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2014年6月12,13,14日
川内原発を動かすな!ーー
鹿児島県川内原発ストップ再稼動!に参加。
 
 6月12日(木) 神保町から2時間、成田空港についたのは集合時間の12時。
雨も止んだ。前方にそれらしき一団がみえる。
 乗るのは午後14時30分発のジェットスター、かなり早い集合時間の設定。
 なんだか殺気が漂っている。百数十人も乗るのだから主催者側は、緊張気味、らしい。

 木幡ますみさん、木田節子さん、も一緒。
 彼女たちは、福島で被災し今は呼ばれれば全国にでかけ体験と福島の現状を語る。 
 木幡さん、会津若松を早朝にたって来た。
 「上野で1本のり遅れちゃってね」。ゆる~い雰囲気があって緊張を感じさせないなんだ。

 荷物検査のゲートを入ってから、木幡さんはケータイ電話で、話し続けている。
 「長い電話だったね」
 「避難している女性から5歳の息子のことで相談だったんだ。子どもさんに発疹ができて、
体中に広がり、痛がるしかゆがるしたいへん。保育園には、1カ月のうち半分ぐらいしか通えないって」

 お医者さんに罹っているが、福島原発から避難してきたことを話すのだけれど、
ちゃんと聞いてもらえない。
 木幡さんが、同じ症状だったという。もともと肝臓はよくないんだけど、
 「去年肝臓の数値があがって、下痢も続いてね、発疹もでた。それがかゆくて痛いんだ。
ようやくおさまると黒く色素が沈着して痕が残るんだ」

 ズボンをすこしあげてみせてくれた。足首のあたりに黒っぽい部分があった。

 「いまのお母さんに私もそっくり同じだって言ったの。会津に移っておいで、
みてくれるお医者さんがいるから。こういう症状の人が何人もいるんだよ 」

 そういえば思い出した。知り合いで、劣化ウラン弾で被爆した人の手が同じ症状だった。
   
  鹿児島空港から、県庁前まで貸切バス3台に分乗して、鹿児島県庁前に向かう。
  桜島が目の前にみえる。 
  今日の南日本新聞に、噴煙が4500メートルまであがった、こんなところで原発再稼動をしていいのか、
 という1面トップの記事があった。

 バスで県庁へ行く途中、山の木々が青々とさえ、高くのびている。
 県庁前で路上記者会見し、集会をして8時にそれぞれ3箇所のホテルに荷物をおろし、今日のスケジュールは終了。
 
 友人3人とタクシーで、鹿児島の繁華街天文館に。
 「わかなー我愛人」という運転手さんお薦めのお店でビールを一杯、
ここにきたら焼酎を飲まないと、焼酎も一杯。今が旬の首折れさばは売り切れだった。
 
 翌日は、7時50分に県議会傍聴のため並ぶ。傍聴券が配られ、わたしは17番。
 席は147席だったかな。計算上は入れる。
 
 議会棟の壁には、模造紙が4枚ほど貼られて、服装、帽子、持ち物など事細かな注意事項。
 昨日貼ったみたいだ。しかし結論、県外のものは入れません。そんなのありかな!
 なんと1時間ほど並んだのですが、議会棟をあとにしたのです。         

 議会事務局は、かなりの数の動員体制をしいていました。税金をどこに使うのか。
 どっちに向いているのか、よくわかることを数限りなく体験させてもらってます。
         
 議会は、県知事の挨拶のみで終り、市民側はそれぞれの議会会派に要請行動をした。
 わたしはたまたま無所属の議員への要請行動に参加することになり、
成田から同行していた広瀬隆さんも加わった。
 無所属は3人だそうで、下嶋さんという30前後かと思われる議員が一人だけ対応した。

 要請文を手渡したあと、広瀬さんが言ったことが印象に残っている。
 「電力会社は、経済的な問題が一番ネックで原発をやめられないんです。
 原発をやめたら交付金がでなくなる。しかし、廃炉を決断したら、廃炉のために何十年もかかるんです。
 仕事は続くんです。そのために電気料金をあげなければならないなら、わたしたちが引き受けます。
 計算してみましたら消費者側の負担はタバコ一箱ぐらいの値段なんです。
 廃炉の決定ができるのならみんなを説得します。
 ドイツは脱原発を決められたんです、わたしはドイツに行き取材もしてきました。」

 この提案に「なるほど」と思いました。下嶋さんも聞いていました。
 具体的な一つの方針ですね。多分以前から広瀬さんは提案してこられたんでしょうね。
 わたしは初めてしりましたが、こういう説得をしなきゃいけない、と思いました。
 推進する側の人たちのなかに、これを理解する人がきっといるはずだと思います。

 わたしも発言を求めて、木幡さんのことを念頭に話しました。
 「わたしは東京からきましたが何が起きているのか福島の女性たちに話をきいています。
 鼻血どころではなく、全身の発疹で痛くてかゆくて眠れないという子どもたちの話を聞きました。
 そしてそういう話は隠蔽されて外に出てこないんです。いったん事故が起きれば、
取り返しのつかないことになります」

 そして、いまここで付け加えたい。
 「下嶋さん、7月に下嶋さんも質問をされるということですが、
 どうぞ、自分の頭で考えてくださいーーこれってカントがいってるんですけどね。
 生きるために大切なことって、時代が移っても変わらないんですね。
 私たち、東京から全国からあなたの行動を見守っています」
                  2014,6,16
2014/08/06 19:41 平和を考える TB(0) CM(0)
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