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ミナガちゃん

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2012年12月18日

おはよう! Tさん、脱原発!フェミのみなさん!


お疲れさま。選挙の結果こんなにもはっきりでると、
気分はインウツ。
私の票(長野3区です、羽田孜のあと)も国会に押し出すにはつながりませんでした。
でも批判票も役目がきっちりあるよね。「死に票」ではないと思いたい。
宇都宮さんの票も。
たんぽぽ舎からのメルマガ(12月15日発信)に、笹子トンネルの崩落に関しての海渡雄一弁護士の
論説が流れてきました。猪瀬直樹たちの責任を問うものです。ほんとうに問題だとおもう、完全なる人災。わたしは、笹子トンネルとおなじ構造の関越のトンネルを、何百回となく通っていることを知って、
チョウ怒っている。
2005年の道路公団民営化以後、打音検査をしていないということです。さまざまな分野での民営化、経済優先、人命軽視路線は猪瀬都政、安倍自民政治にはっきりとじわりじわりと出てくるということですね。

 IAEA閣僚会議への、抗議アクションは、福島で急遽立ち上げられた、
「フクシマ・アクション・プロジェクト」、事務局は佐々木さん、を中心に行われました。
 会議場への市民の傍聴はだめということで(代表1人だけが「許可」)、まったく閉鎖的、秘密主義。
 それでは直接、市民側立会いの下に外で、要請書を手渡したいと、アクション・プロジェクトが強く申し入れたそうで、それが実現しました。

  15日午前11時半、会場のパレットプラザの駐車場の一角に、IAEAのスポークパースン、女性でしたが出てきました。アクション・プロジェクトは要請書を読み上げ、手渡しました。さらにこちら側の意見を武藤類子さん、黒田節子さんなど4人がうったえました。
 
 類子さんは、「福島県は、すでにハイロを決めました」といい、黒田さんは「私たち抜きにして福島の事を決めないで」と訴えました。
 IAEAのスポークスマンがどういう風に訴えをうけとめたか。日本の官僚とは違うと思ったのは、
少なくとも、一人一人の発言を聞いていました。組織のなかにいるけれど、彼らは自分で考えていると思ったわけです。最後に「肉声」もきけました。「皆さんの訴えに心を動かされました」という一言がありましたね。2013年1月中に文書回答を求めましたので、どういう回答がくるのか、待ちましょう。少なくとも、個人の顔が見えた、と感じられたのです。

 この集会への参加者は、東京からのバスツアー参加者も含めて、200人から300人くらい、比較的暖かい日でしたので、助かりました。
 わたしは、それで帰りの途についたのですが、福島の人たちは、16日、17日も抗議アクションし続けたのですよね。みんな体調に気を付けてね。フェミ集合のみんなも。
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12月14日
 
 脱原発!フェミ集合のみなさん、

 
 ご無沙汰していま~す。
 もう師走、押し詰まってきました。

 そして、わたしはこれから、福島に行ってきます。
 近藤和子さんはもうすでに新宿からバスで出発したはずです。
 保田千世さんは行く予定でしたが、昨日から体調不良で寝込んでます。

 15日と16日IAEA(国際原子力機関)と日本政府主催の
 「原子力安全に関する福島閣僚会議」が行われますが、
 これって市民は傍聴できないんだそうです。
 密室でなにを決めるのか。
 「私たちを抜きに、福島のことを決めるな!」
 原発いらない福島の女たちからのメッセージです。
 
 都合で明日戻ります、現地での様子をまた報告します。
 
 それでは、千世さんお大事に。
 みなさん、参加される人がいたら現地で会いましょう。
 SWING MASA が、デモの先頭で演奏しています。

 
12月7日

快適なバスの旅をしばらく封印することにした。

 12月2日朝起きた中央道の笹子トンネルの天井崩落事故はほんとうに驚いた。
 遭遇した人は、恐怖だっただろう。3台の車が炎上し、9人の死者がでた。

 その二日後、過失傷害致死の疑いで、山梨県警が、中日本高速道路に家宅捜索に
入っている。

 しかし、12月3日のNHKクローズアップ現代の取り上げ方はおかしい。早稲田大学の
専門家が「完全に想定外の事故でした」と自信を以て語った。そんなばかな、とおもわず
テレビに。だって、もちろん打音による点検が必要と言われるのを目視で済ませていたと
いう情報も流れている。
 なによりも、天井に垂直にボルトをうち吊り下げるという負荷のかけ方って、私たち
だってやらない。
 いつもバスで通っていた関越道の八風山トンネルが同じ構造だという。

 ここを、私は10年以上にわたって、何百回もとおった。崩れなかったのは、ただ
の運だったのだろう。そういう構造物の上に私たちの生活が成り立っている。そして、
人命より利益優先の社会の上に成り立っている。 
 それで、2005年に民営化されていまの会社、その前は、日本道路公団だという。
 私たち、「油断」していた。
 


2012/12/07 11:09 暮らしのなかで TB(0) CM(0)

12月1日(土)
 谷あいの村から、水蒸気がゆっくりゆっくりと登ってくる。妙義山のごつごつした山頂を過ぎて下仁田までの山間にたたずむ村の一つ。光によって、きれいな水色に染め上げられた水蒸気がじわりじわりと山によっていくように登ってきて、山の端に消える。それはまた、やがて雨になって落ちてくる。名残の紅葉が今日は幻想的で気の遠くなるほど美しい。青い空は、天の10分の1くらい残っているだけで、あとは厚い雲に覆われていて、そのせいなのか、日差しが黄色味を帯びている。この世ではないような眼前の光景。この景色のなかに身を浸しながら、1時間半を過ごす。ときどき居眠り、やがてバスは上里サービスエリアに停まる。バスで、碓氷峠をこえる贅沢はわたし一人が楽しんでいる。

今日は、「秘密機関・白団~台湾に渡った旧日本軍人たち~」を観るために東京に来た。
NHKが、1992年につくった番組で、制作にかかわった東野真さんが背景などを話した。台湾に逃げた国民党蒋介石の軍事顧問団として、岡本寧治が登場する。岡本は、元陸軍大将。1941年以降北支那方面軍司令官として華北の八路軍・抗日根拠地への作戦を指揮する。中国での戦争の残虐さを私たちは、数限りなく読み聞き、映像で見ている。
日本の敗戦、45年9月9日、岡本は南京で降伏文書にサインしている。戦犯に問われるが、1949年1月26日岡本寧次は、なんと上海の軍事法廷(中華民国)で無罪の判決をうける。
蒋介石は、日本の武器や軍事情報と引き換えに岡本を放免した。共産党との泥沼の内戦が進行していた。
 前年48年11月12日には、東京裁判の判決を受け、東条英機以下7人が絞首刑にされている。
 49年7月には、日本に帰った岡本を、台湾の曹士澂が訪ね、国民党支援を要請する蒋介石の書簡を渡す。
9月には「白団」の盟約書が交わされ、12月14日、白団第一陣を乗せた貨物船が深夜横浜港を出港する。
1950年6月22日には、ダレスが来日し、吉田首相に再軍備を迫る。6月25日朝鮮戦争勃発。51年再びダレスが来日。2月3日、再軍備に関するメモがアメリカ側に手渡される。 
 1945年8月15日に敗戦し、アメリカの占領下で、1946年11月3日日本国憲法公布、
1947年5月3日施行された。戦争放棄を掲げた憲法だった。しかし、憲法を創案したアメリカ側では、50年6月には、日本に再軍備をせまった。
 日本のサンフランシスコ平和条約、社会復帰と引き換えに、警察予備隊がつくられ、日米安保条約が調印される。つまり、日本は、私たちの社会は、独立と引き換えに再軍備の道を歩んできた。東野真さんたちNHKの番組は、1992年、今から20年も前につくられていた。「知らなかった」、なんとおめでたいことか。愕然。
 いま安倍晋三は、自衛隊を「日本国防軍」に変えようと、臆面もなく言ってのける。
2012/12/04 12:07 平和を考える TB(0) CM(0)
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