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ミナガちゃん

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李鶴来(イ・ハンネ)さんが記事で紹介されました。

北日本新聞(8/13)
20160813kitanihonihannne.jpg

山形新聞(8/16)
20160816yamagataihanne.jpg

ほかにも
 長崎新聞(8/13)
 神戸新聞(8/13)
 信濃毎日(8/15)

李鶴来(イ・ハンネ)さん著書
『韓国人元BC級戦犯の訴え 何のために、誰のために』(梨の木舎)



共同配信の戦後70年連載が岩波ブックレットにまとまり(7月刊)、
李さんの証言も出ています。
『語り残す 戦場のリアル』
http://www.iwanami.co.jp/hensyu/booklet/index.html
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2016/08/16 16:56 平和と戦争を考える TB(0) CM(-)
7月11日(月)

阿笠さん,

絶望ですか。たぶんテレビみているとめげるでしょうね。
アベの(^◇^)みているだけでね。

わたしテレビみないので、めげてないんです。

それより、
鹿児島県知事が脱原発派の三田園が通った、快挙!
川内原発を一時ストップするといっている、当然でしょ、
やっとまともな感性の人が登場しましたね。
今日、鹿児島と福島の反原発の女たちが国会前で合流し、
一緒に抗議行動します。
今日10時に、霞が関の経産省前テントひろばに集合です。
彼女たちやるよね、絶妙なタイミングだね。

福島と沖縄で自民が落ちたのも、やったぜ~!
みずほさんは通った!
私は、小林節に入れたんだけれど残念だった。国民の怒りの声、
全然ニュースにならなかったしね。
やっぱり、国民は、怒ってないんだ。
怒りは票にならないということかもしれない。
でもでも、節さん、まどかさん、めげないで!

一緒に何か作りだしていきましょう!

そうそう、それでみなさん、
あたらしいプロジェクトについては、
ちはるさんと一緒に、
これから報告していきますね。

はたゆみこ



2016/07/11 07:31 平和と戦争を考える TB(0) CM(0)
8月19日(水)

 最近びっくりするようなことが、たくさんあるが、
 これはかなりびっくり、ひどい話だ。
 
 安保法案が成立していないのに、どうやって自衛隊を動かしていくかの運用
 についての資料を作成していたということ。
 シビリアンコントロールが外された成果が、こういうふうに現れるということだね。
 「軍部の暴走」、歴史であったよな、ということが、目の前で繰り返されるんだね。
 
 国会議員は、どれだけ無視されているか、ということですよね。
 これに、野党だけでなく、与党も馬鹿にするな、いいかげんにしろよ、と
 怒らないといけないでしょ。

 われわれの投票によって選ばれた代表者だよ。
 どういうつもりなんだよ、まったく。
 さてこれに対して、共産党は、小池さんはどういう手をうつんだろう。

 わたしは? 防衛省に抗議のFAXだよね。
 「おかしいでしょ! もう一度顔洗って、出直しておいで」

 
2015/08/19 18:49 平和と戦争を考える TB(0) CM(0)
2015年4月19日(日)

 終わらない旅

 最近の話題八紘一宇、提供者は三原じゅん子議員。だいたいこの人が議員だったのね。
そういえばかつて金パチ先生というテレビ番組に出ていたよね。でもいまは参議院議員?!
ほんとに良識の府の代議員?!金パチ先生何とかしてよ。
 「先生もそう思いますよ、八紘一宇はすばらしい考えです」なんていいそうだけど。
 ユーチューブを観てひっくり返った。

 2015年3月18日の『東京新聞』「本音のコラム」で斎藤美奈子がとりあげている。
以下引用します。

「(前略)この質問最初から変だった。「皆さま方にご紹介したいのが、日本が建国以来
大切にしてきた価値観、八紘一宇であります」。そんなもん、わざわざご紹介されなくて
も知ってるわ。が、三原議員はすました顔で「これは昭和十三年に書かれた「建国」とい
う書物でございます」と資料を示し「世界が一家族のようにむつみ合うこと」などと語源を
説明。この根本原理の中に「現在、グローバル資本主義の中で日本がどう立ち居振る舞
うべきかが示されているのではないかと思うんです」口が滑った程度の話じゃないからね。
この言葉をはじめて知って「あらステキ○」とでも思ったか。それとも誰かが入れ知恵した
か。歴史のお勉強をサボると、こういう惨事を招くんですね。(略)」

 斎藤美奈子のつっこみは、いつも小気味いい。
 わたしは、1982年の教科書問題が起きたときに思った。アジアからの日本にたいする非難
の声、いったいどういうこと?「日本はいったいアジアで何をしたの?」って。
 わたしにとっての歴史的大惨事でした。

 それ以来ずーっと、歴史のお勉強をやってきてる。だけど、
 「これでわかった、そうだったのね」おしまい。とはならない。惨事はいつも口をあけている。

 小惨事はいつものこと。ほんとはそうじゃなかったみたい、ということがときどき露呈する。

 朝日新聞が採用した「吉田証言」はその例ですよね。かつてアジアの女たちの会という市民グループ
 があって、1980年代だったと思うけれど、吉田清治氏を渋谷の事務所にお招きして、直接話を聞いた。

 なんかすごい話だな、というのと、ちょっとへんという印象がない交ぜだったような気がする。
しかし、決してほめられることじゃないことを告白するんだから、たいした人だ、というふうに感じた
部分もあった。済州島で慰安婦を集めたという事実はないと秦郁彦氏が現地調査で明らかにした。

 こんなふうに、自分が直接聞いた話だって、事実ではなかったっていうこともある。
 ――それにしても、なんで吉田清治さんは、あんなうそをついたんだろう。つき続けたんだろう。
途中でもう自分が、ほんとうにやったように思いはじめたのかもしれない。

 いま『物語――東学農民戦争』(仮)宋基淑著、仲村修翻訳をつくっている。
日清戦争は、日本と清が戦ったというだけで、具体的なイメージはまったくなかった。
 しかし、実のところ、日本が朝鮮半島で清を敗退させたあと、国難にたいして再度たちあがった朝鮮の
 東学党を軍事力で殲滅し、朝鮮での支配権をにぎった、のが日清戦争と呼ばれる戦争だった。

 えっ、だとすると名前のつけ方がちがうんじゃない?「日本清朝鮮戦争」では、ないの? 
 原朗さんは、(あったことないけど)第一次朝鮮戦争といっている
 (『日清・日露戦争をどう見るか』岩波新書2014)。
 
 テッサ・モーリス・鈴木さんと内海愛子さんの対談のなかでも、テッサさんは、
 第一次朝鮮戦争と表現していた。
 いま「朝鮮戦争」といわれているのは、ほんとうは「第3次朝鮮戦争」だと。
 やっとその意味がわかりました、――テッサさん内海さんの対談の本はまだまとまっていないが、
いずれ必ず一冊にします。

 さて『文玉珠――ビルマ戦線盾師団の慰安婦だった私』〔新装増補版〕が出ます。
 ISBN978-4-8166-1501-6 C3021 定価2000円+税 
 語り・文玉珠、構成と解説は森川万智子さんです。
 
 初版が出たのが1996年です。増刷は3回、6000部を19年かけて売ったことになる。
森川さんも(わたしも!)、よくがんばったよね!
 ムンさんに励まされて、森川さんは、長期にビルマで取材した。
 「賢くて、負けん気が強くて、一所懸命で、弱いものにやさしかった」ムンさんにはげまされた。
 
 ムンさんは、私たちに自分の判断で頭と足を使ってちゃんと生きろという。
 これからどうして生きていったらいいんだろう、という若い、あるは若くない女性たちに、
ムンさんの物語を読んでほしい。ムンさんが私たちに残してくれた遺産だ。
 ほんとに、ほんとにそうだね、と納得できる。
 森川さん、時間をみつけてムンさんに本を見せにいきましょう。
 そして一緒にうたって踊って飲もうではない? 
 
 








2015/04/19 17:39 平和と戦争を考える TB(0) CM(0)
少し大きい文字

11月1日(土)
 
 11月になってしまいました。
 せっかくの連休の第1日目なのに雨です。
 今日は会津若松に木幡ますみさんを訪ねる予定でした。
 ところが集会を今日だと思いこんでいて、実は明日だそうで、
 今日はフリー! (でも明日は行けないので、ますみさん残念、テーマの被ばく手帳は
 とても重要だと思う、近いうちに話をおききしたいです)

 「KAMIKAZE-日本の若者たちへの死の命令」
 クラウス・シェーラー監督 北ドイツ放送が2000年に作った映画を観にいった。
 わだつみの会が上映会を開催するというのを、友人の奥田さんが教えてくれた。
 
 「ドイツから見た日本の特攻隊」 というタイトルで、雪山伸一 さんという方が、
すでに2009年07月24日にネット上で紹介している。

 ドイツでもかなり評判が良かったドキュメンタリーだそうだ。
 内容は、生き残った元特攻隊員とその家族、上官、特攻機の攻撃を受けた
米軍兵士へのインタビューと、当時のニュース・フィルムから構成されている。

元特攻隊員へのインタビューから、当時は自ら志願したと伝えられていた
特攻作戦が、実際は上官に強制されたものだったこと、を明らかにしている。
 この映画は、日本が作らないといけない映画だ。そして、教材として遺さなくてはいけないと思う。

 強制だったということは、知られるようになったとはいえ、日本人一般はそう思っていない。
 自らが志願して、日本の国のために散ったと思っている人のほうが多い。
 日本人は、死を美しいものとして考えようとする。
 死は永遠の別れだ。言葉を交わすことも、ふれることも、抱きしめることもできない。
 死を美しいものとする力に抵抗して、いやだということ。

 特攻隊員のなかで、質問をした人がいたという。「首尾よく任務を果たしたら帰還
 していいのか」と上官の答えは「ならん」だったと。兵士を消耗品のようにあつかう非合理は
 いったいどこから出てきたのか。いのちを羽のように軽いと、いう教育を徹底する国家とは
 なにか。

 よく北朝鮮の体制を批判するし、イスラム国なんか徹底して殲滅の対象だけど、
 戦前の日本とそっくり同じではないか。靖国の思想は、死んだら神になれるんだから。
 最近平和主義だったといわれる昭和天皇は、特攻作戦を知っていたのか。

  ヒットラーは、特攻作戦でパラシュートで飛び降りた飛行士が狙い撃ちされて全員死んだと
 いうことを聞いて、この作戦をやめさせたという。天皇よりましかな?

 最後のほうはろくに訓練もうけていない「子どもたち」を死に追いやっている。
 闘うわけではないのだから、操縦の技術はいらないと。まさに、16,17,18歳の子どもたち
 を死に追いやっている。国による強制死だ。

 国家の戦争犯罪は、戦犯として問われなければいけない。
 特攻作戦は、告発した人がいないのだろうか?
 
 今日のドイツ人講師のミヒャエル・フェルト氏によると、ドイツの場合も特攻はあったという。
 一つはエルベ特攻攻撃隊。しかし、最後の瞬間にパラシュートで降りられるように運転席の
後ろにドアがついていたという。
 
 




 
 
 
2014/11/01 19:29 平和と戦争を考える TB(0) CM(0)
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