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出版活動を続けながら、地域の人々や世界の人々と情報と知恵を交換していきたと思っています。梨の木舎らしい日々の思うこと、考えることを発信します。
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ミナガちゃん

Author:ミナガちゃん
「梨の木舎通信」へようこそ!日頃思うこと、新刊にまつわるあれこれを発信していきます。

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2018年2月2日

あめにてぃCAFÉ ゼロ円ショップ:開催。
昨日2月2日(金)、雪の予報で、ゼロ円ショップ延期にしましたが、すでに告知していたので、
日大の学生さんが来てくれました。いらっしゃい!ようこそ。

★テーブルに並べておいた品物を、常連のお客さんが、「かわいい!」
と言って手にしてくれました。鏡台の引き出しにずーっと眠っていたネックレス、
つぎの人の手に渡って、元持ち主のわたしは嬉しい。

★ものを通して広がる何か、があります。

★次回は、2月22日(金)12時から17時。あめにてぃCAFÉ前と店内です。
 参加自由、申込不要です。残ったらお持ち帰りをお願いします。
 どうぞ、気軽にお出かけください。
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2018/02/03 06:26 未分類 TB(0) CM(0)
2017年1月10日(火)

今年もすでに10日経ってしまいましたが、本年もどうぞよろしくお願いいたします。

nenga_tori_s.jpg


昨2016年、梨の木舎は新事務所への移転やあめにてぃCAFEのオープンなど、
35年目の再スタートをきりました。

ドアをあけると、3.2メートルの杉の大テーブルが芳香をはなち、心地よい空間を作っています。
読書に、勉強に、仕事の合間の息抜きに、打ち合わせにどうぞお寄りください。

また、あめにてぃCAFEで定期的に講座等の催しも開催していく予定です。
どうぞお楽しみに♪


2017/01/10 21:08 未分類 TB(0) CM(3)

2016年9月20日、

あめにてぃCAFE梨の木舎、オープンしました!

 初日は雨でした。けっこう強い雨でしたが、
それにもかかわらずお寄りくださった方々ありがとうyございます。

 注文いただいた初めの一杯目のコーヒーをドキドキしながら淹れました。
 緊張しながら客席まで運びました。
 きれいに飲んでくださってありがとうございます。
 一杯目のコーヒーを味わってくださったのは、
男性だったか女性だったか、、、。もう忘れましたが。
 はるえさんとせつこさんからのお祝いの傘立てが間に合わずに、
老酒のカメを使いました。
はるえさんはしきりに残念がっていました。
 
 7時に閉店、無事1日目が終了。

 翌日、愛くるしいフクロウの傘立てが届きました。
 雨の日は、知恵の神さまのフクさんがお迎えします。
 いいことがあるはず!
 
 
 
2016/11/03 06:42 未分類 TB(0) CM(0)

2016年7月23日(土)

 建築の落合伸光さん―ビオクラフトとブックカフェ坂口司さん―まるさんかくしかく堂をさそって、あめにてぃCAFE をオープンします。

 アメニティは、快適な暮らし、とか、心地よい環境という意味です。

 建築のビオクラフトは「みんなが元気に暮らせる家づくり」を、

まるさんかくしかく堂はカルチャーを通じてゆったりした時間を、

梨の木舎は、NONUKES NOWAR、アジアの人々との共存を、

とそれぞれのフィールドでやってきました。

たまたま出合った3社が、ここでカフェをオープンします。どうぞ、おくつろぎいただき、コーヒーと本とさまざまな出会いをお楽しみください。

セミナーも計画しています。情報を受け、発信もしていきたいですね。CAFEの出来上がりまでもお楽しみください。

大体の青写真もできました。千代田区の保健所に3回行きました。ほぼOKが出ましたのでこれで申請できます。

 

★新住所では、9月1日から営業します。CAFEのオープンは9月末予定です。

 101-0061

 東京都千代田区三崎町2-2-5 エコービル

 新しい電話番号 03(6256)9517

    FAX番号 03(6256)9518

2016/07/23 20:49 未分類 TB(0) CM(0)
2016年5月6日(金)
白いバラが窓をおおいました

 この3月11日で、福島原発事故から5年になる。
 高野匠美さんが富岡町議員に当選した。初挑戦での当選、かつただ一人の女の議員だ。
 政治家には勇気が必要だと小林節が言ってますが、その勇気とためらいのなさを彼女は持っている。
 おまけに、ナナハンに、乗っているらしい。ちがう?
 彼女に限らず、原発事故後に出会った福島の女たちをみていて、思うことですが。
 迷ってはいられない、ためらってはいられない現実が背中をおす。

 現在は郡山で避難生活を送っている匠美さんの車に同乗させてもらって、
 富岡町のご自宅を訪ねたのはたしか一昨年だった。
 広い敷地に日当たりのいい大きな家。私たちは頭から足の先まで白いタイベック(防護服)を身につけて、
 それがないと立ち入ってはいけないところなのだ。

 家の外側はそれほど傷んだ様子もないのだけれど、中は荒れて足を踏み入れることもできない。
小動物が入って棲家にしていたような形跡だった。
 富岡駅は海岸沿いにあり、駅舎は津波に持っていかれた。
 駅のホームに車が乗りいれ、駅前の商店には軽トラックが乗り入れたままだった。

 放射能濃度が高く、人が長時間いられない。
片付けもできない。2年たつというのに、そのまま時間が止まっていた。人の暮らしの音がない静寂。
その中に、信号機だけが点滅を繰り返す、そこだけが生きているように。

 桜の季節だった。有名な夜の森公園の桜は近くにあり、散りかけていた。あれからさらに3年がすぎた。

 匠美さんが、1週間ほど前の4月末に富岡町の自宅に帰った記をツイッターに載せている。
野生のキツネが寄ってきて、息子さんの手から食べたという、おそれもせずに。
キツネさんは、もうここはわたしの住処だと思っているんですね。

 連休を、味噌仕入れをして過ごした。
 放射能のことも考えずに、里山の枯れ木を燃やして豆を煮た。

新刊『東アジアのフィールドを歩く2 女子大学生がみた日・中・韓の「辺境地」』をお届けします。
李泳采・恵泉女学園大学東アジアFSグループ編著 定価1600円+税
 生きつづけるために故郷を離れざるをえなかった人たち、ふるさとを追われたひとたち――。
 フィールドスタディの3日目に、学生たちは韓国束草市の「アパイ村」を訪ねています。
朝鮮戦争で故郷を追われた北朝鮮の避難民の人たちが住んでいる村です。そして学生たち、生涯に一度できるかどうかの経験をしたのでしょう。その村のおばあちゃんから聞いた話は、記憶に刻まれたことの一つだったようです。
 朝鮮半島の分断のために故郷を追われた人たち、福島の原発事故のために故郷を後にした人たち――。
姜信子の『ノレ・ノスタルギーヤ』を読みながら、天草から、北へ向かったからゆきさんの姿もおぼろげにみえてきました。

 ところで、『女子大学生がみた日・中・韓の「辺境地」』の追い込みは、フツーではなかったですね。
 組版の田中さん、お疲れさまでした。
学生たちにとってこの経験は、かけがえのないものだと思います。
そしてヨンさま、お疲れさまでした。

 しかし、できあがるのかどうか、ハラハラしました。なんとか期日までに間に合ったようです。     
                       
2016/05/14 17:25 未分類 TB(0) CM(0)
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